2017年05月31日

神代の言の葉カード 気吹戸主

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こんばんは、深禮です。

今日は祓戸四柱の神さまのうち
気吹戸主さまから
お預かりしたメッセージをお伝えしますね。


2012年に発売されたカードの
ガイドブックを書いたときのメッセージは

「自分を偽るのは一番危険である。
人の心の中に神の心あり。
もっとも深い処にある己の心、
神の心と繋がる己の心を偽ってはならぬ。
自らを偽るのは神の心を偽ると異ならず。
まことの心に違う行い、言葉はなかったか、
一日、一日よく振り返り、
己の心をまことの心とあわせよ」

という言葉でした。


それで、、
先月末に佐久奈度神社さまに御礼とご報告の御参りをしたときに
ブログをご覧のみなさまへのお言葉を
お預かりしまして。

それがこちらです。


「急がねばならない。
一人一人が本当に望む世界を思い描いてほしい。
憎悪、怒りがあふれ
それらにもとずいた世界が動いている。
目先のことにとらわれるのではなく
本当にどんな世界に生きたいか
思い描いてほしい」

との言葉でした。


急がねばならない
と、お伝え頂いていたのに
なんと一ヶ月も
わたしのところであたためてしまいました。。

申し訳ありませんm(uu)m


でもね。。
これもタイミングなのかもしれません。


ほんとうに
もう
はじまっていて。

たぶん
今となりに居る人が

明日となりにいるかどうかはわからない
っていう。

極端に言えばそんな
ルールが発動中ですよね。


いえ、、
確かに隣にいるのだけれど

それは昨日までのエネルギーとは
違った人になっているかも。

わたしたちが
自分のエネルギーにあわせて
世界を創造しているということは
もう
おわかりいただいていると思いますし。


だから
思いが重ならない人とは
なかなか会いにくくなるのかもしれませんよね。



気持ちだけうわずっていても
だめだし。

何も行動しなくても
だめだし。


できることからこつこつと。

思い描くことからこつこつと。

世界を創造してゆく。

そういうことですよね。


政治的にも、
自然災害だって、、

心配なことはたくさんあります。

間に合うのだろうかと
思います。

でも、、

その恐れにエネルギーをそそいだら
その世界を強化することになります。

そのエネルギーの何倍ものエネルギーを

どういう世界を作りたいかに
真剣に注ぎ込んでほしい
という
神さまの願い。

できるところから
うけとって、
はじめてゆきたいです。

真剣に

ほんきで。。
posted by 明日処 at 20:31| 神代の言の葉カード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

病のこと2

こんばんは、深禮です。

だいぶ久しぶりですが
自分の病気のことを振り返って書いてみようかな、、と
ふと思いました。

わたしの家族も昨年一つ臓器摘出しまして、
回復は順調でしたけれど
臓器が一つなくなると身体のふんばりってきかなくなりますから、
この暑さがこたえてないと良いなと思っています。

わたしは暑さのせいか何かわかりませんが
やっぱり身体にふんばりが聞かないので
めまいがして横になることもよくあります。
まぁいわゆる更年期なのかもしれませんけれどもね。


みなさまもご無理なさらず
身体の声を聞いてゆったりすごせますように!

病気のことpart2です。



まず一度目の手術で

臓器の一部細胞をとって

検査を行うことになりまして。。


初めての入院。

でもその頃ちょうど座禅をはじめていたので

手術開始予定時間から3時間くらい待たされても

ずっとベッドの上で座禅をしてすごしてました。

手術後の夜は寝苦しかったものの
薬を使う程ではなく。無事退院。


まず最初の手術で細胞の状態をみないとなんとも言えないというお話でしたが

先に結論から書いてしまいますと、、
一応結果として悪いモノは出なかったけれど

患部はもっと奥の方なので

まだ安心はできない、とのこと。

でもとりあえず安心な結果となりました。。

ただ、、
結果が出る前のこと。。

カードの著者にあってみたいということで、
或る方のご紹介で人にあうことになったのです。

手術から1週間くらいだったのかしら。。(もう少し手前かも。。)

電車で1時間以上かけて人にあいにゆくことになりました。


でも、、なぜかその人にあったあと

おなかがものすごく痛くなり。。


でも、、せっかくのご縁だからと思って
もう一度あったのがいけなかったのか。。

おなかの痛みはどんどん増して

結局
緊急入院(笑)

熱発して39度越えおなかがいたくて歩行困難になりました。

やっとの思いでタクシーに乗り込んで病院に行ったら
そのまま入院。
2度目の入院です。

かい菌症ということで
要は手術の傷口にばい菌が入ったということですね。


やっぱり。。
身体の声はきくもんだと思いました。

ずっとあとで
その方をご紹介くださった方に
申し訳ないけれど、
ちょっと私にはエネルギーが重く感じられて
最近お会いしてませんとお伝えしたら、
意外にも納得して頂けて。。

そうだったのか。
なら無理しなくてよかったんだな。。
というような。


たしかに
妄想かな勘違いかな思い込みかな
気のせいかな。
でもやっぱりなんかものすごくエネルギーが重い。。
身体きつい。。痛いなぁ。。

そんな時は直感を信じた方がよいのかもしれません。

もちろん、その方のエネルギーとは関係なく、
術後動いたのがいけないのかもしれませんが
1週間たたずに仕事に復帰する方もいるような手術でしたので
油断したのかもしれません。
他の方よりちょっと深く細胞をとったと聞かされていたので
もう少し用心すべきだったのかも。。

とにかく、、
身体が弱っているときは
むりしないのが一番ですよね。

わたしが自分を守ろうという意識が低かったのが一番の原因かな。。


こんなことも含めて

病をつくる原因というものに

もっと深く目をむけようという気持ちになりまして。


身体の臓器やチャクラというのは

年齢と結びついているというのはよく知られていますよね。


臓器と感情も結びついている

また経験も。

そこからも
わたしは自分の病気にものすごくなっとくしてました。


もともと遺伝的にそこが弱いというのは知っていましたから
連綿と続く負の連鎖なのかもしれません。



ただ
それだけでなくて
この病をつくったのは

わたしは生まれてきてはいけなかったという
どうしてもぬぐうことのできなかった思い
だったと思います・


安心してくださいね。
今はそれはないので
ここに書くことができます。

続きはまたこんど。


posted by 明日処 at 20:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

神代の言の葉カード 速開都比

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こんばんは、深禮です。

今日は佐久奈度神社さまで受け取ったメッセージの
2回目、ということで
速開都比唐ウまです。



カードのガイドブックを書いたときに受け取りましたメッセージは

「たとえどれほど大きな事成し遂げたと思うても
それがまことの心と違うておれば、罪穢れ(つみけがれ)として
飲み込もう。
まことの心とたがうことなく行え。
偽りの心もて作り上げたものは
永くは続かぬ。
はやく本(もと)の心に立ち返るがよい。
本の心とははじめの心
この世つくられた大神さまの心じゃ」

というものでした。。

もう一回書き直すと
なんだか汗が出てきますね。。

本の心より
元の心の方がよかったんじゃないかな。。とか。


さて、、
今回お預かりしたメッセージです。

「今は過渡期である。
色々なもの、
古きもの、必要の無いものは
飲み込まれてゆく
その時
心に痛みがあるかもしれないが
ただ見つめて受け入れるようにするがいい
そのうち
道筋がみえる」

ということばでした。


わたし個人になぞらえましても

今までのものの考え方ですとか

対人との接し方ですとかでは

もう立ちゆかないというか、、

そのことをまざまざと感じます。

ほんとうにそういう時って苦しいですね。


ほんとうは
仲良くしたいのに

できない。。


気持ちがつっかえてしまって
どうにもならない、、
なんてね

ちょうど
神社に御参りしてこの言葉を受け取ったとき
そんな感じでした。。


そのつっかえさせているものを
じっくり見て
もういらないなら手放すしかないんですよね。

元の心って
とっても素直な心だから

その気持ちのままでいられればいいのに。

どうしても許せなかったり
流せなかったり

でも先にすすみたい。


古いシステムにしがみつく
これは
エゴの抵抗ですね



そこをどうしたいのか
自分自身に問うて
手放したいな、、と思います。

素直に〜

でも、心は痛むんだよね。。

それは必至。

それでも先にすすむかどうか、、
なのよね。


実は
私自身には
またぜんぜん違ったメッセージを
頂いていて
それをこの文章を書きながら
今見返してみました。

わたしへくださったメッセージの
キーワードは
自分を受け入れること
素直
でした。


うん。
がんばろう
posted by 明日処 at 21:22| 神代の言の葉カード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

神代の言の葉カード 瀬織津比

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こんばんは、深禮です。

ほぼ一ヶ月前になりますが

佐久奈度神社に坐す

祓戸四柱の神々さまから

お言葉お預かりさせていただいたのですが

ご紹介がすっかり遅れてしまってすみません。

今日は瀬織津比唐ウまから

お預かりした言葉をご紹介させていただきます。


カードを書くときに

お預かりさせていただいたメッセージは

「すべてはじめに戻す。
はじめの心持て。

神、人、すべての命の調和の世を作る道は
必ずしも柔らかく容易い道ではない。

堅く険しい道もある。

しかし始めの時の世、
調和の世を作るという信念を持ち、
道を切り開け。」

というもの。

エネルギーを翻訳しているので

けっこうその感じが出ているなぁ、、
今あらためて見直してそんな心持ちになります。

いかがお感じになられますでしょうか。。


そして
今回ブログをご覧くださっている方へ
お預かりさせていただいたメッセージですが

「心をもとに戻す時間をとってほしい

おおもとの神につながる時間をもて

一日のうち一度は

心をはじめの状態に戻すようにしてほしい」

とのことです。


太源
大元
初発

なんというか

そこに繋がることを
求められている気がしてなりません。


とてもシンプルなメッセージではありますが

なかなか忙しい毎日の中

はじめの心に同調する時間をとるのは
むずかしいですよね。。

でも
あえてその意識をもつ

という小さな行動が

やがて
大きな流れをつくるかもしれません。

瞑想
祈り
色々なやり方があると思います。


おおもとの大神の心とは

想像することでも良いのかもしれません。


調和の世とは
どんなエネルギーなのか

自分の心の中に描くことかもしれません



不安ではなく
恐れではなく
調和

あるいは

手つかずの自然
ありのままの姿

人も自然であること

その状態を感じること

かも、、
しれません。

そんなことに
思いを巡らせることで

不安や恐れの世界に力をあたえることなく

よりよき調和の世に
近づくための
ルートを
ひらけるようになるかも
しれないですね。


これから先の世界へ

どうあゆんでゆくのか

世界を
どう作ってゆくのか

自分自身の意思にそって
世界が創造されてゆく。。


厳しくも美しいルールです。

うつくしい世界とともに
ありますように

わたしも
はじめてゆきたいと思います。

一日の中で
すきまの時間でもいいし
寝る前でもいいし。。

受け取ってきた責任が
ありますものね。


自然とできるように習慣になれば良いな。。

がんばります

posted by 明日処 at 21:43| 神代の言の葉カード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

小鳥のたとえ

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こんばんは、深禮です。

昨年秋、
私の神道学の師からメールをいただきました。

そのメールはとても心に響いて

いつかブログでご紹介させていただきたいと

ずっと思ってきました。

でも、、

このメールを頂いた時の出来事と重なって

なかなかご紹介できませんでした。

このメールをいただいたとき


ちょうど或る場所でお食事していました。

そこには

他に数名の方々がいらっしゃいました。


その方達にご縁をいただいたことに感謝し、

わたしとしては これから交誼を深めさせていただきたいと思って

楽しみにしていた食事だったのですが。。

どういう流れか忘れましたが

心ない一言と無言の態度で

わたしは固まってしまい。。



こういうことって

よくありますので

にこにこしてその場はわたしも流しましたけれど

心の中は雨でした。

そして ふっと気がつくと

スマホにメールが来たよ、のサインが。

そして開いてみたらこのメールを師からいただいていたのです。

**引用開始***

貴女の お姿を見ていて いつも 重なることがあります 

それは 19世紀フランスのカルメル会の修道女の

リジューの聖女として知られたテレーズ・マルタンのことです

私は パリにいた時 リジューを 訪れたいと願っていましたが 

残念ながら果たせませんでした

テレーズはラテン語読みではテレジアで 

幼きイエスのテレジア 小さき花のテレジアなどと呼ばれています 

現在は、一般的にテレーズと表記されており 

フランスの民衆が 現在最も崇拝している修道女です 

1997年10月19日に 教皇ヨハネ・パウロ2世によって

深い霊性と思想がたたえられて「教会博士」に加えられました 

その日 私は グレゴリアン大学での 講義のためローマにいましたので 

そのミサに参加できました

そのテレーズの『幼きイエスの聖テレーズ自叙伝』の

「小鳥のたとえ」において

「私は自分を、ただ薄い産毛につつまれた弱い小鳥とみなしています。

私は鷲ではありません。(中略)

小鳥にできることは、その小さな羽を少しあげるのがやっとで、

飛んでいくなど小さな力の及ぶところではありません!

では、小鳥はどうなるのでしょうか。

これほど無力な自分を見て、もだえ死にするのでしょうか。

いいえ!小鳥はそれを悲しもうとさえしません。

大胆にも任せきって、神聖な太陽を見つめ続けたい。

風も雨も、何ものも、小鳥を恐れさせることはできません

と述べております。

ちなみに つい先日 2016年9月4日のことですが 

カトリックで最高位の「聖人」に認定された

マザー・テレサの修道名であるテレサは 

リジューのテレーズから取られております 

そのマザー・テレサも

「小さなことに大きな愛を込める」

「何をするにせよ、私の仲間の中で最も小さき者たちにしなさい」

「小さな事に忠実でありなさい。

小さな事の中にあなたの強さが宿るのですから」

などと言っておられます

テレーズ・マルタン 

そして 

マザー・テレサに 相通ずるものを私はあなたの中に 

見出しています

深い感謝を込めて 一言 申し上げました

9月15日


                        
****引用終了*****


わたしは

自慢することが大嫌いです。

見栄をはったり

はったりを言ったりすることも

大嫌いです。

できることなら


ただただ本物でありたいと願っています。


神さまにたいして

誠のこころで

まっすぐに 向かいたい

ただそう思っています。

だから

見た目は地味でしょうし

振る舞いも地味なのだと思います。


誤解もうけやすい。


でも

神さまだけは すべてお見通しでいらっしゃる。

人にわかってもらえなくても

神さまは 何もかもご存じでいらっしゃる。

その思いで

いつも神さまに向かっています。


何ももっていないし

何もできない

それでも

ただ自分をささげてゆきたいと願っている。

すべてにおいて

できうる限り

誠実でありたいと

そのように振る舞いたいと願っています。


師がそのわたしを見てくださっていた
感じ取っていてくださった
ということに
本当に感動し

このとき 涙がこぼれました。

そのおかげで

その場を流すことができたのだと思います。



馬鹿にされ

罵倒されようと


わたしは

これからも

小さいながら

誠をささげてゆきたいと思うのです。


そして

これは私だけにとどまらず

自分には何もない

何もできない

と思っている

全ての方たちに

お伝えしたい言葉だと思っています。

大胆にも任せきって、

神聖な太陽を

見つめ続けたい。

風も雨も、何ものも、

小鳥を恐れさせることはできません

小鳥であるが故に

信じ切って
ゆだねきる選択を
与えられているということ

そのさだめに
身をゆだねたとき
ほんとうに
自分を生かし切れるということ


そう生きた方がいらしたのだということを

お伝えしたいです。

おおきなものを成し遂げたいなら

まず小さなものに心をこめる

その一歩からはじめる



洋の東西をとわず

ほんとうの信仰 信心は

通底するものがあるのだと

わたしは思っています。

ありがとうございます。
posted by 明日処 at 23:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする