2017年07月05日

清め 清めよ

t02200307_0753105013361225481.jpg


こんばんは、深禮(みれい)です。

今日の『神代の言の葉カード』の一枚は

木花之佐久夜比売さま。

添付した歌は

「朝ごとに むかふ鏡の くもりなく
あらまほしきは 心なりけり」
という

『昭憲皇后御集』よりの御歌です。


メッセージは
「心の根まで清め 清めよ。
そなたらの心の不満鬱屈を清め、
手放せ。
そうして美しき世のために心あわせよ。
さもなければそれはいつか爆発しよう。
己の心を清めるは
自ら果たさねばならぬ責任であるぞ。」

(2012年 8月に発刊)


先日 EARTh HEALERとして動く

と書きましたが

いつものように

できることは始めの小さな一歩から。。

ということで。


まずやろうと思っていることは

自分自身をクリアにすること。




一言でいうと
いつものように
手放すと決めること。

ここのところ
たくさんのご指摘の嵐で
心がおれそうになっていました。

それらによって動いた
感情をすべて
ありがとう
とともに
手放すと決めて
そこから動いているのですが。。




今回は意識の限界を超えるような衝撃の連続だったので

いままでの思考回路ではとても受け止められ切れず

ちょっと

違ったありようになることを
選択しました。


いままでの自分は

みずから 意識の大海にほどけて消えることを望んだので

そのまま

ゆっくりとほどけていっているところです。


まだ完全に消えてはいないけど

もう消えてしまうかも。



これっていつもとはちょっと違った形の脱皮なのかしら。



つねに
磨かれた鏡のように
澄んだエネルギーでいたいと思っています


そのことは
必ず
地球の波動を高めることに
つながるから。


つねにどんなときでも
というのが
むずかしい

でも
やろうと決めればかならずその方向に進めるはず。



そう思って
自分自身をつかって実験中です



続きを読む
posted by 明日処 at 21:33| 神代の言の葉カード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月04日

とっとと 還る

初対面の人と話をするとき

ほんとうに 面倒だと思うことがある。


わたしがどういう人で
なぜいまあなたと出会っているのか

聞きたければストレートに聞けばいいのに

遠回しだったり

とりあえず ご自分の自慢からはいったり。。

ようするに あんた(わたしのこと)はナンボノモノなの??と

問いたいわけですよね。


問わないで決めつけてくる人よりはましだと思うけど。


最初は適当にスルーしようと思うけど

もう結局

履歴をいうしかなくなる。

だって いつまでものらくら話している時間がもったいないから。

ほんと無駄な時間。


神道の大学いって神主資格をもっていて
どこそこの雑誌だとかで
文章書いていて、、、とか。。。

いいじゃん、主婦で。

でも結局あとからばれるとなんか変なことになるんだよね。。



でも、、思うのは

三次元的肩書きにいったいなんの意味があるのってこと。


そんなものいらないのに。

年齢も 性別も 経歴も いらないのに。

それは 単なるデータにすぎない。

たしかに そこからひもとける 下部データもあるけどね。



そんなことより

どれだけ あなたの わたしの 魂が根源にむかって開いているか

どれだけ 行動してるか

それ以外 いったい何の意味があるの。。ってまじで思います。


いらんだろ。って。



でも肩書きとか有った方がらくなんだろうな。


と、思うので 

最近は もうとりあえず全部いっちゃう。

はい。おわり。みたいな感じで。

時間の無駄は削除。

別に自己紹介とか求められてないかもしれなくても

とりあえず いっとく。

今後の時間の無駄削除のために。



でも その人が話す声をきいて

身体をみて

目をみて

話す内容をしっかり一度耳に入れれば

どこまで
理解して 体得してるかなんて

わかるはずでしょ。


それいがい 一体なんの意味があるんだ。と思う。


ちゃっちゃと進んで

しっかり仕事して

とっとと還りたい だけ。



仕事っていうのは 結局 だれに認められるとかどうとかじゃなくて

自分の魂に 経験と智慧をいかに刻んで 魂を豊かにするかってこと

それはエネルギーだけになったとき

個をはなれて全体に寄与する。


その人その人の仕事があって

それをみんなが誠意をもってやってれば

それが組み合わさって

かならず この世界はよい方向にいくはず 


だから

一人一人が本気でやらんといかんのであって。


その仕事ってのは

お金をもらうもらわないの仕事じゃないんだよね。


自分が本気で納得できたんなら その人生はそれでいいでしょ。


わたしも 苦労するならとっとと苦労して

磨いて

思いっきり仕事して

じゃね!ってとっとと還りたい。

二度ときたくないもん。


そんだけでしょ、って思います。






posted by 明日処 at 10:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月03日

Earth Healer

こんばんは、深禮です。

私のサイトやブログのタイトルである
earth healingは、2005年から使っています。

もともと、セドナへの旅行で、
行きは「引きこもりの主婦」になりたい
と言っていたわたしが、

セドナからホピ族の村へ移動し
ホピの予言にふれ、
また、ホピの村のそばの宿泊施設に泊まった夜
過去、滅んだ國、大地、なすすべもなかった自分の
漠然とした記憶を取り戻し

帰りの機内で

もうあきらめて自分を受け入れて
ヒーリングをお仕事にします。
と決め、そのとき浮かんだ言葉が
Earth Healingであった、という流れでした。

なぜ、Earth Healingなのかというと、
自分のエネルギーの質が、
基本的に対人のエネルギーではない、
ということに気がついていたからです。

仕事としては、人様にヒーリングをする。
でも、それを通して地球をヒーリングする
というつもりでつけた屋号でした。

たぶん、
もうそろそろ、本来の働きをします。
意識を向けると色々な情報に触れられますが
動くときはとりあえず一人、、かな。。

Earth Healerとして、動きます。


posted by 明日処 at 01:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

ネットストーキング

昔から何人かいらっしゃって、
私が関心を持っているもの
大切にしている人や場所を
真似してその人にあいにいったり
場所を訪れたり。


憧れ的ならまだしも
その底にあるものは貪りであったり
攻撃であったり。


だから
ブログでもFacebookでも
大切なものは
書きません。


Facebookの記事で変に間接的にからんできたり
なんか可笑しな反応されるという
新バージョンも
あるようです。



以前はお山の神社も名前は極力ださず。

と、いうのも

数年前 会うはずもなかろうという方に
お山で月次祭の日、山中ででくわしまして、、

あんまりにもおかしな会い方なので
ご挨拶だけして
思いっきりスルーしました。

今その方の自分自信への気づきがようやくあって
お付きあいはないです。

今年は式年大祭で
一億一千万の施工費用をかけて
漆の塗り替えでしたから、
少しでもお役に立ちたくて
お山の名前もだしましたが。。

基本的に
本当にだいじなことは
ここに書きません。

お顔拝見してじゃないと
お話できないことは
たくさんありますからね。


ご了承ください。
posted by 明日処 at 16:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

陰徳をつむ

こんにちは、深禮です。

最近、
「陰徳」という言葉がキーワードのようでして
わたしの周りに何度もでてきます。

たとえば、、

先日、舞わせていただいた時のこと。

事前のお稽古で腰を痛めてしまったのですが、
荷物がとても大きく多かったので
主人に朝から付き添ってくれるようお願いをして、
一番軽い荷物を一つもってもらいました。

もともと参加してくれると言っていたのですが
一緒に行ってもらえてとても心強くありがたかったです。

大きなスーツケースと重い荷物を抱えているので
前をすいすいと歩いてくれる主人のあとを見ながらついてゆくのは
すごく楽でしたし、舞だけに集中することができました。

そのことをみていた方から

ご主人の陰徳が光っていた、
あなたも もっと陰徳を積むことが大切だ、
とのお言葉いただきました。


主人をお褒めいただいたことは
うれしかったです。

ただ、、主人と二人ではたと思いあぐねました。

主人はべつに特別のことと思ってやってはいないと
申しますし

私もまたもし逆の立場なら当たり前のこととして

同じようにやると思うからです。

しかしそうはいいましても、、

こういう言葉を頂戴するのは

きっと私がいかにも陰徳を積んでいないように

見えたからなのだとおもっています。



陰徳とは読んで字のごとく
隠れてつむ徳のことです。
口に出して「こんなことをやってます」と言えば

そこでもうすでに陰徳ではなくなってしまいます。


実は3月に奈良の蔵王権現さまに
お礼のお参りをしたときも
護摩陰をしていただいた僧侶の方から
陰徳を積むことが大切といわれました。

ちょっと恥ずかしかったのですが
思い切って具体的にはどんなことをすればよいのかお尋ねしまして。

伺った内容はごく簡単なことで
そんなことでよいならやろうと、
そのときから ずっとできるかぎり心がけていることが
いくつかあります。

そのときも
きっと私が陰徳をつんでいるように見えないから
そう言われたのだと思ったからです。

それまでも心がけてはいたけれど、
もっと積極的に意識するようになりました。

もちろん
たいしたことはしてません。
ただ、できるかぎり

やりつづけています。


たとえば私の祖父は
戦争中教え子達何人もにご飯を食べさせていて
祖母は苦労したとか

同級生の大学の学費を肩代わりしてあげていたとか

戦後だと思うのですが
学校をひとつ寄付したとか、、

そんな話を耳にしたことがあります。

戦前はともかく
けっして特別裕福ではなかったはずなのですが
とにかく信心深かったのではないかと思います。

わたしは 祖父のような真似はできませんので

ほんとうに ほんとうに 小さな 小さなことしかできませんが。。。


話は飛ぶのですが
昨夜と今朝 とてもありがたいことがありました。

昨日の夜 高速バスに乗ったのですが
いつも使うターミナル駅とは違っていて不案内な上、
でかける時間がぎりぎりになってしまいました。

ターミナルの駅の構内でまよってしまって

あと何分、、とあせっているとそこへ
急に警備員さんがあらわれて
バス停のあるビルへの道を尋ねることができました。

さらに
バス停がどこだかわからないときに
道で忙しそうに
ほかの会社の高速バスを案内している仕事をしている方が
わたしのバスターミナルを教えてくださって
やっと間に合うことができました。

こんなことは初めてでしたので
ほんとうにだめかと思ったのですが
助かりました。

ありがとうございました。


今朝は今朝で
やっぱり乗り込む電車までに時間がなかったのですが
通路が早朝のためしまっていて通れずに困っていたところへ
やはり
警備員さんがあらわれまして(笑)
道を教えてくださいました。

スムーズに移動ができたおかげで
時間に間に合うことができました。

ありがとうございます。




間に合うか間に合わないかは
今までの自分の積み重ねがでるぞ、、
と、なんとなく昨夜思っていました。

すると昨日も今朝も助けていただいて
ほんとうにありがたかったです。

ひょっとしたら、、

ほんの少しだけ
つみ重ねができてきたのかなぁ、、と思うと同時に

困ったときに助けていただくことの
うれしさありがたさを思い
これからも自分でもやりつづけてゆこうと
あらためて感じました。



そうして
やればやるほど
積み重ねる内容が
すこしずつふかくなってゆけばいいな、、と思っています。


陰徳をつむように
という言葉が
わたしのまわりに現れなくなったころ
きっとそれが自然に、深く
できるようになっているころなのではないか
と思っています。

これからもがんばろう!っと。
posted by 明日処 at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする