2017年04月17日

天河大辯才天社

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先日奈良に参りました時

久方ぶりに
天河辯才天さまにご挨拶に参りました。


わたしはまったく予定を組んでいなかったのですが


これから舞をもっともっと精進したい
また、精進しなければならない状況もある
ということをお話ししておりましたら
急居回りの方々がお連れくださることになりました。


わたしの地理感覚からすると
とても参拝時間には間に合わないはずだったのですが


なぜか
前に車が居なくなり

途方も無いほどスムーズに
どんどんと天河辯才天社に近づいてゆくのです。


運転されている方は
近づいてゆくほどに
どんどん陽気にほがらかになる一方で


後部座席にいるわたしは

近づいてくる
ご神気の途方も無いほどの大きさと
圧力に
緊張感がマックスに。。


こんなにすごかったんだっけ。。と

口数もどんどん少なくなるうちに

きちんと社務所の開いているお時間に
到着いたしました。


到着するとすぐ
正式参拝の手続きをとり
社務所の中に通されました。


わたしはどうしても手水がとりたくて
そわそわしていたのですが

床の間にある大きなご神鏡に
ご挨拶させていただいたところ
ようやく落ち着きました。


あらためて手水をとって
ご拝殿へと登ります。



神主さまが
修祓と祝詞を奏上してくださる間

何度も短く、でもはっきりと
「おぬしをまっていた」
との言葉がわたしの頭に響きました。

まっていた。。。
とはなぜなのか
どういう意味なのか
ほんとうなのか。。
わたしにはその時点では確かめようもなかったのですが


祝詞がすみ
玉串奉奠のとき
階段をのぼり
まるで大床のようなところにある
玉串案に玉串をささげに参ります。

すると
ご本殿の中方から

ここちよく
しっかりとした風が
なんどもなんども
吹き寄せて来、

ただただ胸がふるえるばかりであって
その時のことは
よく思い出せません。


とにかく舞に精進いたしますので
どうぞお見守りください
とご挨拶をさせていただき
そのた具体的なことも
きちんと申し述べさせていただきました。


おねがい、、ではなく
宣言。

いつものことですが
とにかくやる
と決めること

神さまは
そこを見守ってくださるのだな
思います。



大床の上を辞して
やはり
よくわからないけれど
まっていてくださったのだなと思いました。

それは
参拝時間ぎりぎりに間に合うように〜!
と急いできた私共をまっていてくださった
のかもしれませんし

それ以上の意味なのかもしれません。

でも
神さまはまっていてくださったように
思います。



三月のお山の神社での春季大祭で
舞でのご奉仕をさせていただいたことを
先日
奈良の天香具山にある
神社にお礼を申し上げに参りました。


お山の神社とご祭神が一緒で
こちらがもとか?といわれている神社さまです。


するとその帰り
電車の中で
猛烈に舞いたくて舞いたくてしかたがなくなりました。


イメージとしては
夜の森のようなところにある
お社で

神さまの前で

神さまとわたししかいないその空間で

ひたすら舞をささげる
というイメージです。

ただただ舞つづけたい、と思いました。


そのとき浮かんだ舞は
今習っているもう一つの舞でした。

この舞については今ここでは書くことはできないのですが

すこしずつ書いてみたいと思います。





「舞なんて、、と
あまり重要視しなかった時期もありました。
でも、ある方の舞をみて
その認識を改めました」
とお話くださった神主さんに
出会ったことがあります。

もしかしたら
巫女舞については
あまり重視されない方も
多いのかもしれません。


でも
舞というのはとても深いものです。


ただきれいに舞えればよいというの話ではないのです。


こういうことも
もっと精進して
お伝えできるようになりたいと思います。


posted by 明日処 at 18:21| 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする