2017年06月11日

和を築く

こんばんは、深禮です。

先日
大道芸にお詳しい方をはじめ
何人かでお食事をしました。

大道芸というのは
定住をしないで
国と国との境界線によって縛られること無く
行き来をする人たちでもあります。


先日書きました
傀儡という漂白の民と
あい通づるところがあります。



話をする中で
わたしが日頃からおもっている疑問を
口にしてみました。


わたしは
今、表記文字があった以前の時代に
もしも
平らな社会があったとするならば
今こそ
その心持ちで
和、輪をつないでいかなければならないと思っています。

でも
実際にどこからどう手に付けて良いのかは
わかりません。

ただわかっているのは
まず自分自身が
その理想とする社会を
イメージできるようでなければ
ということです。

言い換えると
それをイメージすることくらいしかできません。

大道芸など、身近に触れられて
どんな社会が
理想的な平らな輪の社会でしょうか。
たとえば縄文的社会というような感じでしょうか??と。

すると
いやそうではないでしょう。

今この現代社会では
自分の国のことだけ考えて
平らな輪をイメージするわけにはいかないでしょう。
というお話をくださいました。

はっ!として、
確かにそうだ。。と思いました。

過去に範をもとめても仕方の無い時代に
わたしどもは生きているのだな、、と。



色々な宗教、文化があって
国があります。

その中で
自分が一番ただしい、自分の国さえよければよい
というぶつかり合いがあって
そこから大きな不安が生まれています。


昔お世話になったサイキックヒーラーさんは
よくおっしゃっていたのは

人と人の間の違いではなく
相似点を見つけることです。

それを見つけるようにしてゆくと
能力的にもUPしますよ。
というお話。

それはちょっと間に1クッションあるのですけれど
違いではなく同じ処と見つけるようにする
というのはポイントなのかもしれません。


以前NHKで
日本人のDNAは他のアジア人とは違うとても古い配列が含まれる
というお話がニュースとして取り上げられていました。

それだけでなく
ネット情報(これは間違いも多いのできちんと確認する必要がありますが)では
世界全体の最古層の配列とも言えるようなDNAを持っているのが
日本人である、、という説もあるようで
興味深いです。

その古いDNAの中に
和を尊ぶ精神が根付いていてくれたら、、と思います。

永く生き残ってきたDNAなのであれば
それがゆえの
特別感や優越性にすり替えたりせず

むしろ
他との違いではなく
融和を見いだす方向性に
舵をきってゆけるようでありたいもの。



世界を見て
和を考えなければならないのですが
そこにゆきつくためには、
まず

自分の一番身近なところから
ちゃんとしてゆく、

和をつくってゆく
という行動を
積み重ねてゆくことで

それが
いつか大きなエネルギーとなってゆくことを
イメージする 

それが自分にはしっくりくるのかな、
と思いました。
私の場合は、そこからしか
はじめられないようです。


イメージし
行動する。


上からしろしめすのではなく

ともに尊重し合う。

きめつけるのではなく、
違いを認め
受け入れる。

その上で
必要なことは
与え合う。
支え合う。

一日一回でも
そういう行動がとれたら

自分が変わるでしょうし
自分が変われば
きっと何かが変化します。


一日一善ノートでも
つけてみようかな。。



posted by 明日処 at 21:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする