2017年07月26日

ただお導きのまにまに

こんばんは、深禮です。

昨日のことのさらに補足ですみません。



自ら、、のケースの場合
たしかに次のステージにすすみずらいこともあるのですが

そういう運命を選んだということにも
意味がある場合もありますし
一概にそれがいけないとも言い切れません。

ですから
一番大事なのは
残った方がご自分自身を責めないことかと思います。

このあたり

ほんとうに大切なことで。。



あらゆることに 意味があるなら

その意味は 今生だけでとらえられないこともあります。。

なぐさめにはならないのかもしれないけれど

表面的に意味はわからなくても 

きっと何か意味はあるのだと思います。

何かと何かが組み合わさっているのだと思うのです。


供養というのは
生きている方にとっても
すごく大切なことですよね。
むしろ その方が大きい場合もあります。

さらに
肉親の供養は
魂に確実にとどくので

その後の進みを
かならず促進してくれます。

ですから ご供養は 亡くなった方にとても力になります。


わたしは門外漢の未熟者なので
たいして深い言葉で書くこともできなくて
申し訳ありません。



研究会のメンバーで
ボランティア活動として
残された方のご相談に乗ったり
自分からいってしまおうと思う方へのご相談に乗ったりしている
僧侶の方がいらっしゃいます。

すごいな、、と思います。


人の苦しみやかなしみに
むきあってきたのは
仏教に歴史があったのでしょうか。。。
やはりそういうご相談が多いようです。

そういう意味で

わたしも 仏教も学ばねばとも思います。


神さまはもちろん 大好き

大好きを越えて

愛しているも越えて

なんと表現して良いかわからないほど

すべて めいっぱいすべて 。。なのです。


ただ
仏様の前に座ったときの
しんとした静けさも
好きです。
底から支えられるような
あたたかい力強さも
好き。


神仏のお導きのままに。

ただただお導きのまにまに

ゆっくりでも
精一杯進んで参りたいです。

     

蛇足ですが、、

わたしはちがうので、、
もしものときは   
祓いのプロにちゃんとお願いしましょうね
posted by 明日処 at 21:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする