2017年07月19日

徒然なるままのたわごと〜稲荷神〜

こんばんは、深禮です。

いつもですと

きちんと 論文を参照して

原典をご紹介して・・・、という形で
文章を書いてゆくのですが

今日はおもいきって

ただおもいつくままに

すなわち、かなり無責任ではありますが
私見で書いてゆこうかな、、と思います。


稲荷神のこと。です。



稲荷という神の性格はとても複雑です。

すくなくとも現代では。

たとえば仏教系とか神道系とか。

そんなおおざっぱな分け方もありますし。


わたしが見るところでも

おおよそ

稲魂系とか

あとは祖霊系というか荒神系というか
自然霊との入口。というか代表とかいうか、
そういう稲荷神もあります。


稲荷神
すごい神さまではありますが
あまりお近づきの感じではありません。
個人的には。


ほんとうに個人的体験からすると
土地神さまの代表として
稲荷神 の祠が
その受付を担ってくださっている例はたくさんあって。

以前その土地神系の稲荷さまには
とても素敵なプレゼントをいただきました。

手術後おもうように歩けないときに
お花見したいなぁ〜と思っていたら

わたしの顎をふいと空にむけてくださって
見ればそこに
桜。

高い高い枝の上に
花が満開でうつくしかったな。。

いつもご挨拶している小さな祠の稲荷さまからのプレゼントでした。


古事記だったかな。。

どなたか天皇が亡くなられたときに

山 海 川に幣帛をささげたという記述があったような。

ようするに

祖霊、ですよね。

祖霊という言い方は
語弊があるのかな。



柳田国男が『先祖の話』で述べているような
冬は山に籠もり
春になると里におりてくる
祖霊。
ですね。


ようするに
人の御魂はほどけて原形質になる
その集合体である霊でありチであるような
神霊。ですか。。



先日 走水神社さまに御参りさせていただきまして

そこに

神社創建以前の古い神さまの祭場跡があります。

古代稲荷社跡という説明書きがあるのですが

そこでご挨拶したとき

ほんとうに素晴らしかったんです
ご神気が。

わたしの大好きな

荒神さま系の

あらあらしくつよくて
自然そのものの。
神さま。

荒神さまって
怖いですよね。

たたる神さまですから。

でも

わたしは個人的には好きなのです。

自分もけっこう荒々しいので



ただ古い立石が中心にありその両脇にも小さな石があります。

そこで祈る。

意識をあわせた瞬間に

ただ圧倒的なありがたさにつつまれて
地にひれふすことしかできない。

わたしの場合
あまりにありがたい、、と思うと
もう泣くしかできないんですが
そうなりました。

すこし落ち着いて
そこにいると
天から木々から
地霊の響きがつたわってくる。

こころが震える空間でした。



あのすばらしい感じは
奄美でも感じた感覚でもあり

出雲の原初信仰の場である
某祠でも感じた感覚。

恐れ多く
強く

そして
かぎりなく
やさしい。

もちろん
恐ろしい。


でも
だいすき。。な神さまの系譜です。


日本という国の形は
まるで龍のようですが

この荒神さま系の神さま

一つの祀られ方は
龍蛇神として祭られる系譜があり

それは
奥出雲であり

はたまた
諏訪の神さまでもあり。

諏訪の神さまといっても
タケミナカタの神さま以前の神さまですが。。


無から有
その際を掌る神さま。


柱をつたわって降臨する龍蛇神。


依り代である柱はファロスでもあるのかも。

だから

女性しか祭祀できない
龍蛇神 雷神の例もあったと記憶しているのですが。

詳細はきちんと書かないと、、ですよね。
今は 触れるだけでお許しを。




そして一方では
稲荷神

同じように自然霊荒ぶる神でありながら
大地母神であり
大地 母であり
暗黒であり
無から有である神。


そう。
そこ人は祈りをささげて
無から有へと変換させる。

無限である命の源への通路。

依り代?あるいは祀りの場である
その裂け目はヴァギナでもある。

穴守稲荷だけでなく
稲荷神に穴はつきもの ですから。。

そこは
ここと彼方をつなぐ
つなぎ目 
異界との通路 裂け目・・・。

大いなる大地の神。
母神。



だから
龍蛇神と稲荷的神は
かもしれず。。。


それは火と水の対なのかも。




今日はかなりいいかげんに書いてしまって申し訳ありません。

でも、、、

そのうち
論文を確認しながら
書いてみたい一つのテーマ
ということで
お許しくださいませ。


ほんとうに
全国の色々なお社に御参りして
確かめたいことが山ほどあります。。

いつになるかわからないけど。。




今日から
土用。

季節の変わり目。
身体のなかから
色々なものが吹き出る季節かも。


お元気でお過ごしくださいませ〜
posted by 明日処 at 21:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

講座再開のお問い合わせありがとうございました

こんばんは、深禮です。

すこし前に
講座を再開しますか?というお問い合わせをいただきまして
ありがとうございます。

まだお返事ができていなくて 本当に申し訳ありません。


簡単に言ってしまうと

たぶん 今年は 「講座」という形では

行わないだろう、、と思います。


一対一でリーディングを含めて

基本からお教えするというのはあるかもしれないのですが。。

私の講座というのとは違うかも。。



今まで色々講座をやらせていただき
勉強になったのですが

中級講座を終えてから

少し考えるところがあります。


いままでの いくつかの講座でも

わたしから教わるためにいらしているのに

先生をやりたがる方に何人かであい

これは私に何を学べと言われているのだろう思いました。

この人たちはいったいなんのために
ここにいるんだろう。。と
そしてわたしはこの人達にどう対処しようかな。。と。



いまは 結論からいって

そういう方には途中でも 講座からぬけていただこうと思っています。

場の空気をみだしますし

こちらが真剣に準備していることを
受け取る気がないなら
他にいってご自身で先生をやっていただきたい。
わたしの講座を受け取る気がないのなら
おたがい時間と労力の無駄だからです。



今わたしはあることを教えて頂く立場におりまして

真剣に受け取ろうと

自分なりにはしているつもり。。です。

先生側からみるとどう思われておられるかは

もちろんわからないです。

わたしは今、毎回真剣に場に臨んでいるつもり。。

だから

わたしの生徒さんも
そのつもり だったのかもしれないけれど、、

毎回っていうのはどうなの。。と思うので

もう こういう方はいらないと思っています。



教えるって
けっこう大変です。

わたしも一応10年以上先生をやってきましたので
教えるという技術も意識も磨かせていただきましたし
それなりに努力もしてきました。


あることを知っている、できるということがすなわち
それを教えられるということとはまったく異なります。


教えるということは
教わるということだ
ということも昔からいわれていまして

『神代の言の葉カード』の玉依毘売命(たまよりびめのみこと)
の本文中に、
「世の中に人を育つる心こそ 我をそだつる心なりけれ」という
荒木田守武氏の和歌を引用させていただきました。
これは ほんとうに嫌と言うほど味わわせていただきました。


教えてみないとわからないことなのかもしれませんが

手をたたくときのように

手と手がタイミング良くあわさらないと音はならないもので

禅の公案に 「隻手の音」なんていうのもありますが

でもやっぱり
教える教わるは
たがいの真剣さの噛み合いなんだと思うのです。

それが伝わる場がつくれるのなら

また再開させていただきたいなぁ。。と思っています。

それはいつでも、、です。


おそわるっていうことも

おしえるっていうことも
真剣勝負だと思っています。


この間別件で
いきなり
あることを教えてください、、というメールをいただき
かなり当惑しました。

質問の内容に対して
ちょっとわたしも勘違いはあったのですが



その あることを知るために

私自身が
何年もかけてどれほど真剣な思いで
積み重ねたかということは

やはり 伝わらないだろうし

そういうことについて教えてほしいのであれば

それなりの 配慮というか
尋ね方とでもいうか。。。
なにかしら あるのではなかろうか、、というのは
第一印象としてありました。


なんというか。。


これもかみ合わせの一種かな。。


なので

それをご自身で調べる中で
それがどのような重さをもつものなのか
知って頂いた方がよいのではないかと思って

そのようにお伝えしました、、。



知ろうとする側がどれほど真剣なのか、、によって
こちらも変わってくるわけです。


筋の通し方
礼の尽くし方
色々あります。




今 みなさまにとって
教わるってどんな意識なのだろう。。

わたしなんて
教えて頂けるとなったら
もうその時間 その瞬間 すべて 
そのことに関して根こそぎいただきたいとおもっちゃいますけどね。
貴重なことだから。

一期一会だもの。

次がある
とか そんな気持ちは ありえないでしょ。


わたしには 何の肩書きもありませんから

かなり気楽な感じで聞けるのかな、、とも思うのですが。


わたしの神さまは

かなり怖くて厳しい神さまなので


やるときは きっちり ばっさり行きます。




教えるときは

けっこう厳しいのかも。

口調はやさしいです。

でも

やらないなら

そこまでしか教えないということは

もう

一貫していて

手を取り足をとりみたいなことは

絶対しなさそうです(笑)

むろん
わたしもそんな風におそわったことはないので。



知りたければ 入ってみろ 的な感じで

修得してきましたので

本気なら

その本気をみせて

と、いうことなのかな。。


色々おはなしがあっちにいったり こっちにいったりして

すみません。


講座のお問い合わせはほんとうに嬉しかったので

あらためて

御礼のメールは出させていただきます。


遅くなってしまったので

こちらで

心情や経緯 思ったことなど

つらつらかかせていただきました。


ありがとうございますm(uu)m








posted by 明日処 at 21:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月16日

ヘナでデトックス

こんばんは、深禮です。

毎日暑い日が続いていますね。

7月半ばなので、夕方の風は涼しいですけれど

やはり今年は猛暑なのかな。。



さて、、

今日は久しぶりにヘナでトリートメントしてみました。


今使っているヘナはオーガニックではないのですが

なかなか使い心地がよくて気に入っています。


髪の毛の地肌からは

経皮吸収されて

女性であれば子宮などに

その毒がたまりやすい、、などと言われていますよね。


わたしは昔から

髪を染めるのは

ヘナ&インディゴなのですが

デトックス効果もあることを知ったのはここ数年で。


ヘナを入れた足湯やお風呂も

デトックス効果があってよいと言われていますよね。


お風呂の内側が染まってしまいそうで
ちょっと気になりますが

そのうちやってみたい。。と思っています。


今気に入っている
ヘナはとても新鮮で短時間で染まりやすいのですが
化学物質は入っていません。


でも、、
オーガニックで国産のヘナもあるようなので
そのうち試してみたいなぁ、、
と思います。

実は以前はお店で売っている
オーガニックヘナを使っていたのですが
化学物質が入っていることがわかって一時発売停止に。

でも再開されたので使ってみると
やはり化学物質入りとのことで。。

今のヘナを使うに至っています。

先ほど書きましたが
今はヘナも色々あるのですね。。
国産有機ヘナとか。。

色々ゆっくり調べてみたいです。

髪が元気だと
気持ちがあがるのが
女性の不思議なところ。。


髪は神に通ず、、なんていう
通説もあるくらいだから
大事にしたいな、、と思います。



そして、
最近身にしみて思うのは
身を清めることの大切さ。です。

帰宅すると玄関先で
塩払いするようになったのですが
(以前はしなかった。。)
もっとはやく毎日してればよかったと思います。

以前は気になるときに
お風呂で塩をつかって清めてたり
玄関先では
焼酎(かなりアルコール分の高いモノ)で
清めてたり(のんでませんよ)。
そんな感じだったのですが

気になろうがなるまいが
やったほうが良いですね〜。。


掃除ってほんとうに大事だと思いました。。
シンプルなことが ほんとうに大切なんだ。
と、思う最近です。

今は家にゆっくりしてられないのが
ほんとうに 残念ですが
腰をすえて
掃除したい!と思ってます。

すこしずつしかできないけど。
少しでも進めればよしとしよう。。


毎日 暑いですが

どうぞ お元気で お過ごしください。

posted by 明日処 at 21:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月11日

お役目を生きるために

こんばんは、深禮(みれい)です。

明日は久しぶりに雨、、でしょうか??

今日も暑かったですね!

最近 夜ビールを頂くようになりました。

ここ数年ほとんど御酒なんて飲まなかったのですが。

たぶん 今年一年で終わる現象のような気がしています。

と、いっても、、、

缶ビール一缶で終わりなのですけどね。
それで十分で。

どうぞ 肩の力を抜いて 読んでみてください。


さて、、
そんなお酒の話題には全然ふさわしくないお話ですけれど。


今 ジャスム・ヒーンさんが来日中でしたよね。

今日までワークショップでしたか??


ジャスム・ヒーンさんと言えば

20年来不食を続けている方で

わたしも リビングオンライトという著作のプロセスに随って
21日間の不食生活を楽しんだことがあります。


その頃ナイトクラスという単発のクラスがあり
そこでお目にかかったのですが

内側から 美しさと輝きがあふれる方でした。。



できることなら ワークショップに参加したかったのですが
諸般の事情でかなわず。。
FBなどで 参加された方のご感想を拾っていました。

ありがとうございます。

その中でいくつか印象に残っていることを
私なりの言葉で
ここでシェアさせていただきたいのですが

まず第一に

食べるか食べないかが大事なのではないということ。

ジャスム・ヒーンさんが大切にされているのは

調和、ということなのだろうと思います。


彼女がナイトクラスでもおっしゃっていたことですが

世界は愛で満ちていて
不食で生きるということは
その神聖な愛を受け入れて生きるということ

なのだ、、と。

愛、、といいますと
なんとなく生臭くて しめっぽくて ぺとぺとしたもの
というイメージの方もおられるかもしれませんが

彼女が伝えてくださっているのは

あなたは わたしであり
わたしは あなたであるということ
そして
世界はプラーナ(=愛)で満ちているということ

その世界観で生きると決めればよい

と、おっしゃっているのかなぁ、、と思います。

ワークショップに参加したわけではないので
ほんとうに推測なのですけれど


でも

プラーナ=愛 だとするなら

とてもわかりやすいです。


たとえば
ご神前に座っていると

好きとか愛しているとかを越えて

魂が震えるような

もう

すべて。。。としか言いようのない

すばらしい ご神気を感じることがありますよね。


あれを
あのエネルギーを愛と呼んでいるなら

命の源

ありてあるもの
それはすべて 愛なのでしょう。

わたしたちは
神さまからの 圧倒的な愛 でいかされている。


そんな 圧倒的な感覚はしらないとおっしゃるなら

神さま 仏様の前にいるとき

心があたたかくなるような

心がほっとゆるむような

そんな心地を味わったことはきっとあると思います。

それもやはり愛というのではないでしょうか。

そのエネルギーを

自ら 内側から発して生きるということ


そして


わたし だけではなく

あなたもわたしであり

すべては一つという感覚の内にいること


そこから生きると決めること

それが

調和への道 なのかな

と思いました。



もしも
愛で満ちた波動で生きると決めれば

すべての飢餓感は消えるのだということのようです。

飢餓感とは

食べ物だけでなく 

精神的 渇望

人と張り合う気持ちであったり あらそう気持ちであったり

不安感

喪失感
そうしたもの全て
ではないかと
思います。

それが消える。

愛で生きるならば。。

もし

深禮の文章は相変わらず
わかりにくいわーーという感じでしたら

たとえば 
女性でしたら 女神(おんながみ)さまとして生きる。


男性でしたら 男神(おとこがみ)さまとして生きる。


それで良いのではないでしょうか。



昨日からそんなことを思いながら
生きていまして

そうすると
たまたま出くわす人 と

なにかとてもやわらかく
すれちがうことができるような
笑顔が増えたようなきがしています。


もしも

ご自分のお役目がわからないとお思いなら
まさに
このことをご自身からなさってみたら良いのだと思います。

女神 男神として生きるということ。


先日ご紹介させていただきました
木花之佐久夜毘売さまのカードのメッセージですが

あれは実は
己の内側を清めなければ
それは自然現象として あるいは政治的現象として
爆発する、
ということを伝えるメッセージです。

2012年発売ですから
東日本大震災からまだ日も浅く
わたしがメッセージをとったのは
2011年の夏でしたから
ちょっと あからさまに メッセージとして伝えられなかったのですが

私たちの
感情や 思考が
自然や政治に
確実に影響を及ぼしているのです。

だから

もし本気で魂の道を歩むと志すならば

内側を清めること

そして
自ら 神さまの愛のエネルギーを
発して生きると言うことを
決めていただきたいのです。


それこそが
この時代に生きる
わたしたち全員のお役目 ではないでしょうか。


posted by 明日処 at 21:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月09日

氷川神社さまに御参り

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こんばんは、深禮(みれい)です。


今日は埼玉県の氷川神社さまに御参りにいってきました。

神恩感謝の御札を納めにいってきました。


こちらのお社も
とっても大好きなお社です。


今は武蔵国一宮とされています。

埼玉県神社庁も隣接しています。

中世に記された
『神道集』安居院著には
一宮は聖蹟桜ヶ丘鎮座の小野神社とされています。

氷川神社が一宮であると
文書上出てくるのは
確か、、、
室町期以降だったように思います。


大国魂神社が鎮座するところが
かつての国衙でしたが

その近くにあるのも
小野神社一宮には
有利だったのでしょう。

いまでも大国魂神社(六所宮)で一宮は小野神社さまですよね、確か。
小野神社さまといえばセオリツヒメ神。
セオリツヒメも古い神さまですね。


氷川神社さまはもちろん式内社で
(確か、、)名神大社だったと思いますが

特に注目を集めるようになったのは
明治以降でしょうか。

明治天皇が京都から行幸された年に
すぐ
大宮の氷川神社で
明治天皇の親祭が齋行されたのですから。



まあ、、
そんなむつかしいことはともかく、、

とにかく良いお社です。

『武蔵の古社』をまつまでもなく

このお社のもともとの信仰は
聖なる泉への信仰。


境内の中でも
禁足地、というか
一般人が入れない領域に
その泉はいまでもあります。


縄文の遺跡も出てますし
とっても古い祈りの場。



門客人社が
かつてはアラハバキ神を祀っていたのは
有名なお話ですよね。
アラハバキ神を奉祭していたのは
出水氏だったかな。。
(今日はなんにも見ないで書いているので
間違えているかも。。)
この一族、放逐されてしまったらしいのですが
理由は不明。




どう考えても
古い一族が駆逐されたのでしょうが。。


もともとは
氷川神社は男体社。

ほかに
女体社

簸王子社がありますよね。

わたし、、
この簸王子社も好きなんです。
女体社も好きですが。。




氷川神社さまは
摂社もたくさんありまして
ほんとうにお祈りがたくさんできて
うれしいんです。



もと地元、、だから。

好きっていうのもありますね。



わたしが研究会の雑誌に寄稿させていただいた論考であつかった
二宮神社さまにも
アラハバキ神はお祭りされています。

アラハバキについては
師匠が論文を書いておられるので
自分の論考では触れないようにしました。

アラハバキ神。

古い神さまですよね。。

いつかもっと掘り下げてみたいなぁ、、と思う神さまです。


今日の御参りも気持ちが良かったです。

ありがたいです。


posted by 明日処 at 22:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする