2017年05月03日

佐久奈度神社

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こんばんは、深禮(みれい)です。

先日『神代の言の葉カード』のお礼参りに伺ったのはこちら。

滋賀県にある佐久奈度神社(さくなどじんじゃ)さまです。


祓戸四柱の神々がお祀りされている
式内社(名~大社)です。
瀬織津姫尊
速秋津姫尊
気吹戸主尊
速佐須良姫尊
の神さまがお祀りされています。


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神社から見下ろす
瀬田川の眺めです。

2011年の夏頃だったと思いますが

ここ佐久奈度神社さまに御参りしまして
祓戸四柱のそれぞれの神々から
お言葉をお預かりさせていただきました。



罪穢れを祓い
その身に負って清めてくださる
ありがたい神々さまです。

このあたり
わたしが習っているもう一つの舞の舞人の役割と
通ずるものがあります。


2011年に訪れたときには
それぞれの神さま達から
はたしてお言葉がいただけるものだろうかと
案じていましたが
きちんと一柱一柱の神々さまから
それぞれお言葉をお預かりできました。
とてもありがたかった記憶があります。


今回こちらに伺う前に
「痛みを受け入れる」という記事で書いた通り
色々しんどい時間もあったのですが
それを受け入れると決め
いらないエネルギーを手放すことを決めたら
あっという間にそれが実現しました。


そんな流れもあり
こちらに伺うには最適な流れだなと思っておりました。

そして、、
そのことについて
やはり一柱ずつの神々から
あたたかいお言葉をいただきました。


それは個人的なことなので
おいておきますが
このブログをご覧の皆様にも
お言葉お預かりしました。


ご神気もすばらしかったですね。


やっぱり
再生と出発にはぴったりの場だったと思います。


ほんとうに今の時代

もうこのエネルギーはわたしの本来のエネルギーではない
と気づいて手放すと
すぐ次のレベルに移行できます。


太元の大神さまと
心をあわせて
それ以外のエネルギーは
まったく不要であるということに気がつけば
進みはすごく速いですね。




勝ち負けだとか
マウンティングだとか
上から目線とか
自己中心とか

なんでもいいのですが

そういうめんどうくさい波動は
もういらないと決めることで

その世界から離れることができますし


太元の神のエネルギーとともにあると
世界がものすごく美しいことにも気がつきます。


自我をなくすことができない、と信じている人には
そのように世界はなりますし

太源の意識と誰だってつながれるとしんじているなら
その世界が開けてきます。

選び 形作るのは

いつだって一人一人の足下からです。


今回の旅で
そのことを再認識しました。

もう分岐点をすぎて
やがてそれぞれが選択した世界が
足下から広がってきています。


重いエネルギーを自分自身のエネルギーであると
決めた人も

それは
後天的に身についてしまった必要悪であって
これは手放せると信じた人も

それぞれの世界を
自分自身が作り出してゆきます。



完全に自己責任の世界。

たのしいですね



posted by 明日処 at 19:52| 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

天河大辯才天社

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先日奈良に参りました時

久方ぶりに
天河辯才天さまにご挨拶に参りました。


わたしはまったく予定を組んでいなかったのですが


これから舞をもっともっと精進したい
また、精進しなければならない状況もある
ということをお話ししておりましたら
急居回りの方々がお連れくださることになりました。


わたしの地理感覚からすると
とても参拝時間には間に合わないはずだったのですが


なぜか
前に車が居なくなり

途方も無いほどスムーズに
どんどんと天河辯才天社に近づいてゆくのです。


運転されている方は
近づいてゆくほどに
どんどん陽気にほがらかになる一方で


後部座席にいるわたしは

近づいてくる
ご神気の途方も無いほどの大きさと
圧力に
緊張感がマックスに。。


こんなにすごかったんだっけ。。と

口数もどんどん少なくなるうちに

きちんと社務所の開いているお時間に
到着いたしました。


到着するとすぐ
正式参拝の手続きをとり
社務所の中に通されました。


わたしはどうしても手水がとりたくて
そわそわしていたのですが

床の間にある大きなご神鏡に
ご挨拶させていただいたところ
ようやく落ち着きました。


あらためて手水をとって
ご拝殿へと登ります。



神主さまが
修祓と祝詞を奏上してくださる間

何度も短く、でもはっきりと
「おぬしをまっていた」
との言葉がわたしの頭に響きました。

まっていた。。。
とはなぜなのか
どういう意味なのか
ほんとうなのか。。
わたしにはその時点では確かめようもなかったのですが


祝詞がすみ
玉串奉奠のとき
階段をのぼり
まるで大床のようなところにある
玉串案に玉串をささげに参ります。

すると
ご本殿の中方から

ここちよく
しっかりとした風が
なんどもなんども
吹き寄せて来、

ただただ胸がふるえるばかりであって
その時のことは
よく思い出せません。


とにかく舞に精進いたしますので
どうぞお見守りください
とご挨拶をさせていただき
そのた具体的なことも
きちんと申し述べさせていただきました。


おねがい、、ではなく
宣言。

いつものことですが
とにかくやる
と決めること

神さまは
そこを見守ってくださるのだな
思います。



大床の上を辞して
やはり
よくわからないけれど
まっていてくださったのだなと思いました。

それは
参拝時間ぎりぎりに間に合うように〜!
と急いできた私共をまっていてくださった
のかもしれませんし

それ以上の意味なのかもしれません。

でも
神さまはまっていてくださったように
思います。



三月のお山の神社での春季大祭で
舞でのご奉仕をさせていただいたことを
先日
奈良の天香具山にある
神社にお礼を申し上げに参りました。


お山の神社とご祭神が一緒で
こちらがもとか?といわれている神社さまです。


するとその帰り
電車の中で
猛烈に舞いたくて舞いたくてしかたがなくなりました。


イメージとしては
夜の森のようなところにある
お社で

神さまの前で

神さまとわたししかいないその空間で

ひたすら舞をささげる
というイメージです。

ただただ舞つづけたい、と思いました。


そのとき浮かんだ舞は
今習っているもう一つの舞でした。

この舞については今ここでは書くことはできないのですが

すこしずつ書いてみたいと思います。





「舞なんて、、と
あまり重要視しなかった時期もありました。
でも、ある方の舞をみて
その認識を改めました」
とお話くださった神主さんに
出会ったことがあります。

もしかしたら
巫女舞については
あまり重視されない方も
多いのかもしれません。


でも
舞というのはとても深いものです。


ただきれいに舞えればよいというの話ではないのです。


こういうことも
もっと精進して
お伝えできるようになりたいと思います。


posted by 明日処 at 18:21| 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月11日

阿伎留神社2

こんばんは、神道研究家、言の葉セラピストの川合絵津子です。
ブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。

今日は阿伎留神社さまの神事について少しご紹介してみたいと思います。


昨日のブログ(11月の生魂之会は阿伎留神社さま)でも
フトマニ神事について触れましたが
他にも年中行事として江戸時代末期まで
非常に特色のあるご神事が行われていました。


一月元旦と三日
  太玉串拝神事・・・真榊に、玉、鏡、剣を掛け、ご神前に奉る神事

二月四日 
祈年祭

三月三日より十日間
   鳴弦神事

四月上旬十日の中
   神衣神事・・・この地でできた布を神社前に流れている秋川の流れにさらし、打ちついて、
   五柱の神の神衣として奉る神事

五月三日
  八咫烏神事・・・加茂建角身神に御饗を供えて、豊作を祈る神事
            また、御湯を供し、一丈五尺の杉の丸柱を立てて
            その上に、神饌を供える神事

六月三十日
  大祓

七月十五日   
久米舞神事・・・一人は剣を、一人は酒杯を持って舞う

八月上旬    
鵜狩神事・・・秋川で鵜狩りによって鮎をとり、神前にそなえる神事

九月二十八日、二十九日 
御狩神事・・・御輿渡御、北寒寺獅子舞

十月 
肩灼神事・・・鹿の肩の肩胛骨を灼いて、そのひびわれにより、物事の吉凶を占う神事。

十一月二十八日 
新嘗祭
            獣掛け神事・・・当地の漁師がこの冬はじめてとった鳥獣をご神前にかけ、豊漁を祈願する神事

十二月晦日   
鏡洗い神事・・・秋川の清流で神鏡をあらい清める神事。正月の太玉串拝の料としました。


江戸時代には、阿伎留神社の神主が秋川沿いの地方の触頭をつとめていた関係で、
触下の神主28人が二班にわかれて六月、九月の末日に、
天下泰平のご祈祷を行っていたそうです。
それが年に二度の大祭であったとか。

これらの一年間の神事を描いた絵巻物の一部がこちらです。

futomani.jpg

これは十月のフトマニ神事を描いた絵。

非常に陰陽道的な色彩が感じられる気がしませんか?


実際、今年の9月の大祭では社殿に大祭の時にだけ運び込まれるという
四神も登場。

a .jpg阿伎留神社四神1.jpg


そして、この阿伎留神社さまのある五日市から
武蔵御嶽神社さまへの参道があるのですよね。。


武蔵御嶽神社さまでは現在もフトマニ神事を行っています。
ただし、非公開です。


阿伎留神社さまと同様、ひび割れの形状で、
農作物の吉凶を占うご神事です。



フトマニ神事は群馬県の貫前神社さまでも現在行っておりますが
こちらは鹿の肩胛骨に灼き串がどのように通るかで吉凶を判ずるご神事です。

貫前神社さまのご神事に参列させていただいたことがあり
鹿の肩胛骨のお写真も撮らせていただいたことがあるので、
以前ブログに貼っていたのですけれど
いまは非公開にしてあります。

なんとなく、、こわいので。。

貫前神社さまのご祭神はとても厳しいので
記事自体非公開にしてしまいました。。
どう厳しいかは、、、。。



さて、、ということで
フトマニの鹿の肩胛骨の写真はとりあえずUPしないでおきますが、
こうした古いご神事が行われていた神社さまである、といことは
ご理解をいただけたでしょうか。

akirujinja.shishimai.jpg

それからこちらは獅子舞です。
今年の大祭で撮らせていただきました。

御神輿に神さまをお移しする前に
あたりの邪を払うために行われる舞です。
非常に古い物だと氏子の方から伺いました。

また、阿伎留神社さまの御神輿がめずらしいのです。

ことしその御神輿が渡御する300年記念の年だったそうなのですが
屋根の形が六角形なのだそうです。

八尺くらいの大きさがあってかなりの重量です。

富岡八幡宮さまの二の御輿よりは大きいのでは?とのお話も伺いました。


大祭では氏子のみなさんが平日であろうとお仕事をお休みしてでも
お祭りに参加してささえていらっしゃいます。


地元の方々のお力なくしては
神社のお祭りはここまで盛大にはならないのだということ
そして地元の方々の心のよりどころになっているということが
本当に伝わってくるすばらしいお祭りでした。



阿伎留神社3.jpg


この阿伎留神社さまに、11月17日(火)に正式参拝に伺います。
たぶんわたしが代表で玉串奉奠を行いますので
お作法がご心配の方でも大丈夫です。


阿伎留神社4 .jpg

生魂之会へのご参加をお待ちしております。

参加費は
*個人セッション受けられた方、講座を二回以上受けられた方・・・1500円
*それ以外の方・・・3000円

とさせていただきます。

また、参会費以外に玉串料を参加者の人数で割ってご負担をいただきます。

くわしいことはお問い合わせください。

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posted by 明日処 at 20:56| 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月07日

遅くなりましたが、お山の大祓式

DSCN3397.JPG

こんばんは。
神道研究家、言の葉セラピストの川合絵津子です。

今日もブログをご覧頂きまして、
あいがとうございます。


上の写真はお山の滝の写真です。

滝に行ったのは何年ぶりでしょうか。。

とても寒い日でしたが
気持ちがあがってしまいました。

先月のおわり、
お山で大祓式がありまして、
そこに参列させていただいてきました。


mitake.ooharai_15.3.jpg

祓戸四柱の神さまを
降神の儀をおこなってから
大祓式を行います。


人形(ひとかた)をふねにのせて流すのですが、
大祓式の中で、
舟形の中にひとかたをおさめます。

その間
小幣で自祓いしながら
大祓詞を参列者も一緒に三巻奏上。


mitake.oharai_15.4.jpg

船形の中におさめる
祓具(はらえつもの)


とても丁寧に儀式が行われ
すっきりした心地になりました。

ひとかたは一晩神さまのところに置かれるそうです。

そして翌日
お山の下の滝に
舟形が運ばれ

DSCN3396.JPG

滝壺から流れ出した流れに
舟を流します。

mitake.ooharai_15.jpg

こんな感じ。。

でも最終的には
もっとしたの方に

流れてゆきます。

mitake.ooharai_15.2.jpg


この日は雨が降っていて
お山はストーブでもほしいような
そんな寒さに感じたのですが

神職の先生方は
みなさま慣れていらっしゃるのですね。

わたしはその後ちょっと風邪っぽくなったのか
とても眠い日が続きました。

いや、、
もしかしたら
眠くなっていたのは
廣瀬神社さまへの
正式参拝後からかもしれません。。


これで
一年の半分がおわりました。


健康第一

またこれから半年も
大切に過ごしましょうね〜


いつもありがとうございます







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posted by 明日処 at 22:05| 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月20日

寒川神社(1)

寒川神社は相模国一宮の神社です。
現在の神奈川県高座郡寒川町に鎮座し、
八方除のご神徳が有名です。

寒川神社_1.png

社伝によれば、神亀四年(七二七)に社伝を建立し、
承和元年(八三四)に再興したとも言われます。

起源は定かではないようですが
式内社(名~大社)に格付けされていて
この資料(延喜式神名帳)は
神社境内の資料館でも見ることができます。

ご祭神は現在、寒川比古命、寒川比女命となっておりますが
諸説あったようです。

中世から近世にかけて
八幡神・菊理媛・澤女神・素戔嗚尊・大己貴尊など
さまざまな異説が提唱されてきました。

近世末期、ご祭神について
寒川比古命・寒川比売命・菊理媛命という
三神の形で広く崇敬されてきました。

この組み合わせは私にとりましては
とても興味深い組み合わせであります。

先月の講座でお話しいたしましたが
富士山の木花之佐久夜毘売は
富士古文書においては亡くなってからの諡号であって
もとのお名前が菊理媛命とあり、
さらに、そのご両親が
寒川比古命・寒川比売命となっているのです。

富士古文書は学問上、偽書と言われてはおりますけれど
少なくとも寒川比古命と寒川比売命と
菊理媛命との間にそのような伝承があったのではないかと
感じさせられます。

その後、
大正五年に現在の寒川比古命・寒川比売命という
二座の祭神名に決定したのだそうです。

さて、ご祭神の寒川比古命・寒川比売命につきましてですが、

寒川という言葉について柳田国男は
寒という言葉は冷たいや清いという意味で
川というのは泉や池を意味すると述べていて

『相模の古社』にも寒川や氷川(氷川神社・・・武蔵国一宮)という言葉には
清らかな泉水だとする説が述べられています。

つまり寒川や氷川という神社においては
もともと清らかな水に対する信仰があったと思われるのです。

相模川は寒川大神の聖域を流れる清らかな川であって
河口付近は寒川の禊場であり、
贄場であったという説もあります。

寒川神社の本殿背後には
「難波の小池」と言われる水源の泉があります。
一時枯渇したともみられていましたが
神社の神職さんのお話では
確かに水の量は大変少なくなったが
現在はこのような形であるので
かれたとはみなしていない、とのお話でした。

昔はこんな風に
本殿背後に水がぐるりと巡っていたとか。

samukawa_3.JPG

もしかしたら
水脈が変わった、、ということも
あるのかもしれませんが
それは私の想像です。

また
寒川比古命・寒川比売命というご祭神につきましては
延暦二十三年(八0四)に撰された伊勢の
『皇太神宮儀式帳』にある牟弥乃神社のご祭神について

牟弥乃神社(むみのじんじゃ)
大水上児、寒川比古命、寒川比女命、形無
と記載されているそうです。

この牟弥乃神社というのは、
皇大神宮(内宮)の摂社・御船神社に配祀された境内社のことです。

牟弥乃とは、寒川北岸に植えられた大木に由来するとされていて
寒川については、寒泉の意であろうとされています。

寒川とは伊勢地方の五桂池に水源を発する外城田川(ときだかわ)と見られ、
寒川比古命・寒川比女命は大水上命の御子神であり、
清らかな泉水の水神と考えられます。

そういう意味で
寒川比古命・寒川比売命とは、
清らかな水の神なのであって
その川はその地その地で違うのだと思われます。
ですから同じ名前の神さまとはいえ
寒川神社のご祭神と牟弥乃神社の御祭神が
ぴったりと重なるとも言いかねます。

これは例えば
大己貴神(おおなむちのかみ)とされている神さまが
その地主の神さまを表すことがおおく
同じご神名であっても
すべて同じ神さまとは限らない、というケースと
同じではないでしょうか。

また、そういう意味合いにつきましては
菊理媛神も同じかもしれません。

菊理媛神と言えば
白山菊理媛神として白山神社にお祭りされておりますが

白山とはつねに白い山
白とは再生の色
白い山と言えば、富士山も同じですよね。
富士とは不死とも通じます。

ククリヒメとはククル→水をくくる=水をくぐる
ということで
禊ぎとも通じ
また清らかな水、水の女神でもあり
ククル=括る、つなげるということで
こちらとあちらの世界をつなげる巫女のような
存在とも考えられましょう。

そうしたご神徳をそなえた女神を
菊理媛神と称されるのかもしれません。。

さて、ずいぶん長くなってしまいましたが
寒川神社のそばには旧石器時代の遺跡や縄文前期の遺跡など
清らかな水源のそばには
太古から人が集まっていたのでしょう。

寒川比古命と寒川比売命とは
この地に昔から住まいした人々の
遠い貴いご先祖さまをお祀りした神さまとも
考えられるのです。

さて、
御祭神だけでこんなに長くなってしまいました。
こちらの神社ではお祭りも大変興味深く
そのあたりのこともご紹介したいので
続きを書きたいと思います。


posted by 明日処 at 20:58| 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする