2017年07月08日

息あるも 息なきも

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こんばんは、深禮(みれい)です。

今日はとっても暑かったですね。

でも、
お山の風は涼しかったです。


今日は月次祭に参列した後
いつもの通り
奥のお山に登拝してきました。


奥のお山に登るとき
なんだか久々な気がするな、、
と思っていたのですが

そういえば
先月は忌中でお山に入っていなかったのでした。
月次祭も2ヶ月ぶり、になるのかな。

山頂でしばらく経ってから
そのことをようやく思い出しました。。



山頂から真上に
奥のお山のエネルギーが吹き上げているところがあるのですが

それは
日によって場所がちょっとずれるよ
と以前教えて頂いたことがありまして

今日はたしかにちょっとずれてました。

そのエネルギーのど真ん中にいると
ものすごく気持ちがよくて


ほんとうに落ち着くというか

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目の前の木
目を閉じると
自分自身も木

岩も
風も
虫の声も
鳥のさえずりも

なにもかもが
完全に調和していてうつくしい


人も
この調和のなかに
いれてもらえるのだろうか

そんなことを思いました。

人の意識は
どうしても
植物や岩石の意識より
濃くて重いので

自分が木と同調しているときはいいのですが
ほんとうにいいのかなって思ってしまいます。


そして
十分チャージがすむと
なんだか
夏休みに
いなかのおじちゃんの家で
扇風機も必要なくて
たたみの上に
うとうとと寝転がっているような気持ちになって。


完全復活!
下界でがんばります!!
と言ったとたん
下から人が登ってくるんだよね。

ほんとうにいつもながら
ありがたいんです。



今日の月次祭も

ひさしぶりに

ものすごく素直な気持ちで
参列させていただけました。


いつまでも
この気持ちをキープしたいです。


けっきょく
素直になれないのは

怖いからなんでしょう。。。


でも
神さまのお計らいを信じていればいいんだよね。
と思います。


きめたんだから。

そうやって進むって。



もしかしたら
昨日の七夕にあわせて
祈りの巡拝が

けっこう自分に作用しているのかも。


光や風や
木々をみたしている命そのもの

そういう目には定かには見えないもの

確かにわたしの身体にながれて
すべての
息ある息なしにかかわらず
この地にある存在を
活かしてくれている

なんだか
そのことが
すごくありがたく感じられた一日でした。



奥のお山から下りて
また神社にもどって御参りして。

最後にお土産物やさんでいただいた
あんみつが
おいしかった。。

山頂から食べたかったの


ありがとうございました。





posted by 明日処 at 21:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月07日

今年の思い

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こんばんは、深禮(みれい)です。


今日は暑かったですね。


節入りの日でもあり七夕でもあるので

色々神社仏閣をまわってきました。


御参りして神仏の前にいると

ほんとうに望んでいること
祈りたいことが
シンプルに自分の内側から出てくるんですね。


最終的に出てきた祈り。
それはもう願いではなく祈りだったのだけれど

もう自分はこれしかいらないんだな

これだけできれば本望なんだな
と、
あらためて思いました。


一日出歩いて
帰宅する途中
夕日に輝く芙蓉の花をみました。

うつくしかった。


わたしはただこの花のように
美しくかがやこうと思いました。

たとえ
放射能でいっぱいでも
もし
もっとひどい状況でも
厳しい状況でも

なにがあっても

ただ神さまの方をまっすぐむいて
うつくしく花開いていよう

それが
この命くださった存在への
精一杯のお礼の表し方だと。


花でなくても
うつくしい

雑草でも
毛虫でも(今は苦手なのですが)
おもいっきり美しい

だからわたしも
わたしの美しさを輝かせていよう
と。



去年の今頃
ある神社のお祭りに参列させていただいて
その翌日に猛然と感じたのは
「舞いたい」
という気持ち。


ご神前で舞わせていただきたい
精進したい
という気持ち。

まだ舞わせていただけるかどうかも
よくわからない状況で
舞が下手で
ほんとうにまだまだで。。

其の中で
とにかく舞いたいと思いました。

そしてたった一年の間に

新しい舞と出会って

その後3回も大祭で舞わせていただけました。

去年のあの頃を思うと
ほんとうに泣けてくるほどせつないほど
舞いたかった。


舞への思いはいまでも
ますます強くなります。


そして今年

今わたしの心をふるわせる思いは

「真澄(ますみ)わたりたい」
という気持ち

どこまでも清浄に清くいたい

心を磨きたい

わたし本来のエネルギーに戻って
常にあのエネルギーで存在したい

お祭りから帰ったときから
ずっとそれを願っています。


どんな時でも
どんな状況でも
美しく
きよらかでいたい

そのことに精進したいと思うのです。


あのエネルギーしか
もう
いらない。

そういうこと
なんですね。


その思いは
わたしが大願を果たすために
かならず必要な事。




ありがとうございます。
posted by 明日処 at 21:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月06日

今生ではやってない

こんばんは、深禮(みれい)です。

今日はちょっと雑談的なお話ですが。。


武道のおはなし。


私が教えて頂いている舞を習っている男子、、はおしなべて
武道関係者、、というか、古武術を修得されていて。
中には武道家の方もいらっしゃいます。


その内のお一人がおっしゃっていたこと。


それは、、

わたしのように召命型の人というのは
(召命型の人: 
  無理やり 神さま事方面に引きずり込まれる人のこと かな。。)

ある一定の年齢がくると

肉体を離れる可能性がある年齢があるのだそうで。

そういうお話を以前に(武術の??)お師匠さまから聞いたのだとか。

その年齢を聞いたとき

だいぶ前に

西洋占星術の大家の方が

指摘したある年齢と合致したので

すごく納得しました。

西洋占星術の方は

なんとなく 口を濁す的な表現でしたけど

その年齢に かなり 大きなことに遭遇するのだというのは

わかりまして。

あと、、手相にも出ているかな。


それと、、

実際にそのあたりの年齢でここから離脱した方を存じあげていて


その数年前にたまたまお会いしたとき


ああ、このエネルギーをこの肉体で支えるのは

かなり 難儀なことだな、、とは感じていたんですが

まあ ああいう感じになると

厳しいですよね。

エネルギーというか光がかなり増大して

身体で支えきれなくなるんです。

で、、

その古武術を修得されている知人いわく

それを避けるためには

師匠がおっしゃるには

身体を鍛えるとよい、とのことで

武道などして身体を鍛えるか

あるいは鍼灸で身体を整えるといいらしいですよ、とのこと。


ただ、、

今習っているこの舞は

実は武術の奥義に含まれる所作が

ふんだんに入っているので

(だからこの舞のことはあんまり人には伝えたくないそうな。。)

この舞を習っている限り大丈夫ですよ。

と、おっしゃってくださいました。


はたして

その年齢まで舞えるのだろうか。。という疑問はありますが

でも、、そんなに先の年齢でもないんですけどね。


今でも

道を歩いていて突然

「ああーーー!舞いたーーーーい!!」と思うくらい

舞が好きなので

たぶんとりあえず

このまま習うと思われます。


しかしね。。


武道にはちょっとめんどくさい思い出があります。


だいぶ前なのだけれど

わたし、、実は合気道を習っていました。

と、いってもカルチャーですけれどね。


でも
すごく楽しくて

ぐいぐい進んでいたのですが

面倒くさいこと その1は。、

同じ教室の先輩(といってもかなり年下ですが。。)が

ある仕事に就きたくて

で、、わたしが当時その仕事をしておりまして。。

実際にはその人は、違う職についていたので

なんかめんどくさい。。

でも、ほっとけば良かったので

それはいいのですが。


もう一つ面倒くさいことが。。


ある夜のこと

夢をみました。

それは

合気道教室の大先生(男性 推定70代)から

「おまえ 剣道をやっていただろう」といわれ

「いえ、やってません」

と、答えると

「隠さなくてもいい」

と、信じてもらえないという夢。



するとですね。。


その週のお稽古のとき

若先生(女性 推定60代)から

突然

「あなた、剣道やっていたでしょう」と

本当に聞かれたんです。

(きたよ。。)と思ったのです。

「いえ、やってません」

すると しばしの沈黙の後、

「あ、そう。」とのことで。。

その感じが、絶対信じて無いんだよね。



面倒なことその1の人が若先生にとっても気に入られていて

それで少し面倒な感じだったのも手伝って

で、、色々面倒なかんじでやめました。



やってないってば。

少なくとも今生では。

でも

やってましたよ、確かに。

剣道じゃなくてね。

剣術は。

(この時以外にも 剣道有段者複数から
 同じことを言われたことがあるので
 たぶんそいうことなのかと思う。。)


でも

それって今のことじゃないからいいじゃない。。

と思うんだけど。



素質、、みたいにして受け入れてもらえるなら

楽なんですけど。


でも
面倒なので その後武道に手を出していません。
やりたい気持ちは今でもあるのですけれど。
そのうち、、かな。。

だけど

今習っている舞で

十分幸せです。

「舞いたい病」の発作が起きたときに

ほんとうに舞えるように

身体に所作をたたきこみたい、、と思うのです。

それでほんとうに十分幸せ。

ありがたいな、、この舞に出会えて、と思います。


その先に生き延びられるかどうか というのは別として

舞に出会えて

舞わせていただけること

それが今のわたしにとって

どれほどありがたいか。。

それで十分、、かな。。と思います。

posted by 明日処 at 21:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月05日

清め 清めよ

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こんばんは、深禮(みれい)です。

今日の『神代の言の葉カード』の一枚は

木花之佐久夜比売さま。

添付した歌は

「朝ごとに むかふ鏡の くもりなく
あらまほしきは 心なりけり」
という

『昭憲皇后御集』よりの御歌です。


メッセージは
「心の根まで清め 清めよ。
そなたらの心の不満鬱屈を清め、
手放せ。
そうして美しき世のために心あわせよ。
さもなければそれはいつか爆発しよう。
己の心を清めるは
自ら果たさねばならぬ責任であるぞ。」

(2012年 8月に発刊)


先日 EARTh HEALERとして動く

と書きましたが

いつものように

できることは始めの小さな一歩から。。

ということで。


まずやろうと思っていることは

自分自身をクリアにすること。




一言でいうと
いつものように
手放すと決めること。

ここのところ
たくさんのご指摘の嵐で
心がおれそうになっていました。

それらによって動いた
感情をすべて
ありがとう
とともに
手放すと決めて
そこから動いているのですが。。




今回は意識の限界を超えるような衝撃の連続だったので

いままでの思考回路ではとても受け止められ切れず

ちょっと

違ったありようになることを
選択しました。


いままでの自分は

みずから 意識の大海にほどけて消えることを望んだので

そのまま

ゆっくりとほどけていっているところです。


まだ完全に消えてはいないけど

もう消えてしまうかも。



これっていつもとはちょっと違った形の脱皮なのかしら。



つねに
磨かれた鏡のように
澄んだエネルギーでいたいと思っています


そのことは
必ず
地球の波動を高めることに
つながるから。


つねにどんなときでも
というのが
むずかしい

でも
やろうと決めればかならずその方向に進めるはず。



そう思って
自分自身をつかって実験中です



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posted by 明日処 at 21:33| 神代の言の葉カード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月04日

とっとと 還る

初対面の人と話をするとき

ほんとうに 面倒だと思うことがある。


わたしがどういう人で
なぜいまあなたと出会っているのか

聞きたければストレートに聞けばいいのに

遠回しだったり

とりあえず ご自分の自慢からはいったり。。

ようするに あんた(わたしのこと)はナンボノモノなの??と

問いたいわけですよね。


問わないで決めつけてくる人よりはましだと思うけど。


最初は適当にスルーしようと思うけど

もう結局

履歴をいうしかなくなる。

だって いつまでものらくら話している時間がもったいないから。

ほんと無駄な時間。


神道の大学いって神主資格をもっていて
どこそこの雑誌だとかで
文章書いていて、、、とか。。。

いいじゃん、主婦で。

でも結局あとからばれるとなんか変なことになるんだよね。。



でも、、思うのは

三次元的肩書きにいったいなんの意味があるのってこと。


そんなものいらないのに。

年齢も 性別も 経歴も いらないのに。

それは 単なるデータにすぎない。

たしかに そこからひもとける 下部データもあるけどね。



そんなことより

どれだけ あなたの わたしの 魂が根源にむかって開いているか

どれだけ 行動してるか

それ以外 いったい何の意味があるの。。ってまじで思います。


いらんだろ。って。



でも肩書きとか有った方がらくなんだろうな。


と、思うので 

最近は もうとりあえず全部いっちゃう。

はい。おわり。みたいな感じで。

時間の無駄は削除。

別に自己紹介とか求められてないかもしれなくても

とりあえず いっとく。

今後の時間の無駄削除のために。



でも その人が話す声をきいて

身体をみて

目をみて

話す内容をしっかり一度耳に入れれば

どこまで
理解して 体得してるかなんて

わかるはずでしょ。


それいがい 一体なんの意味があるんだ。と思う。


ちゃっちゃと進んで

しっかり仕事して

とっとと還りたい だけ。



仕事っていうのは 結局 だれに認められるとかどうとかじゃなくて

自分の魂に 経験と智慧をいかに刻んで 魂を豊かにするかってこと

それはエネルギーだけになったとき

個をはなれて全体に寄与する。


その人その人の仕事があって

それをみんなが誠意をもってやってれば

それが組み合わさって

かならず この世界はよい方向にいくはず 


だから

一人一人が本気でやらんといかんのであって。


その仕事ってのは

お金をもらうもらわないの仕事じゃないんだよね。


自分が本気で納得できたんなら その人生はそれでいいでしょ。


わたしも 苦労するならとっとと苦労して

磨いて

思いっきり仕事して

じゃね!ってとっとと還りたい。

二度ときたくないもん。


そんだけでしょ、って思います。






posted by 明日処 at 10:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする