2017年05月12日

己を捧げるということ

こんばんは 深禮です。

先日のブログに畠山重忠公の鎧が神社に奉納されて
それが現在国宝になっている、ということを
ご紹介させていただきました。

他にも色々な奉納品があります。

それはこちらの神社に限ることではなく
各地の神社に 色々な人たちから
ご奉納の品というのが納められているのはご存じだろうと思います。


神社やお寺に金品を奉納するという行為は昔からあったわけですが
先人達ははたして御利益を期待してそのような行いをしたのでしょうか。

もちろん 崇敬するということは加護を願うという意味愛もあったと思います。

ただ、、思うのは先人達は知っていたのではないかと思うのですね。

見えない世界へ 自分にとって大切なものを差し出すという意味を。


それはただ御利益を願うという単純な行為ではなかったように思います。

見えない世界に

自分の大切なものや労力を無償でささげるということが

60747733b9310319351c3db84e57acfb_s.jpg

さざ波のように 伝わって 伝わって そして また自分に返ってくる
というしくみを知ったいたのではないか
と、思うのです。


喜捨という言葉があります。
仏教用語なので、わたしが正確につかめているかどうかわかりませんが

金品を喜んで差し出すということで
それによって徳をつむ、、という行いなのかなと思います。
自分を純粋に捧げきるという行為は
実は 自分にいままで偏って滞っていたものを
スムーズに流すための行いでもあるのです。



スピリチュアル的(わたしはこういう表現が嫌いなのですけれど)見方からすると
まず空(くう)をつくらなければ エネルギーは入ってこない
という風にいいますよね。

エネルギーは循環します。

差し出したものが
帰ってくるのが理屈です。

純粋な見返りを求めない行為、エネルギーというのは
今までの自分のエネルギーを浄化しつつ
さらにそれが高まって帰ってくるという流れをつくるのではないかと
わたしは 思います。


たとえば わたしの場合ですと
できるだけ そういう気持ちで
少しではあっても 捧げるということをしています。

また 神社関係の施設が修復や造営の資金が必要であったり
土木工事などが必要であったら
いくらかでもその費用を負担させていただきたいと思います。

これは そういった喜捨の気持ちから
というのもあるのですが
もう一つ理由があります。


b08337aeb3967d11c6a957b73efa1835_s.jpg
神社やお寺というのは
土地の龍脈上に立っているということがよく言われます。

先人達は この場所がよい、ということを
感覚的にしっていたからこそ
その地を聖地として整え
祈りを捧げることで
その地を整え 守ってきたわけです。


もちろん自然の気がよい場所ですから
ととのえなくても 聖地として生きるかもしれません。

でも、、
そういう気は時に強すぎることもありますし
気が整わなくなることもあるわけで

そこを
長らく 祈りの力で整えてゆく という行いはとても深い意味があると思うのです。


もともとの気だけでなく

後から 連綿として続けられた祈りの力もまた
場をつくってゆくのです。

もしその地が整えられなくなったら
どうなるのか

祈れる人もいるかもしれませんが
祈れなくなる人もいるでしょう

誰もが
祈れる場である ということは
そこを守ってくださる人たちのお力もあるわけです。


だから わたしは
神社やお寺にいったとき
その地を守って頂けることに感謝をしながら
少しでもいいから 差し出すことを心がけています。


残念なことに
最近はパワースポットなどという表現が流行り、
場所の気をただただ奪い取ろう むさぼろう という人が増えました。
とても残念なことです。


むさぼる気持ちや すさんだ気持ちを聖地においてくるという行いは
結果としてその人に帰ってくるでしょう。

むさぼりやすさんだ気持ちは
いわゆる 穢れにあたると思います。

その穢れが積み重なって
その場のエネルギーを枯渇させるという
状況も招いていることを
無視するわけにいきません。


もし本当に自分の霊性を高め
またこの地 この国の霊性を高めたいというお気持ちがあるのなら

どうぞ
ご自分を純粋にささげる というお気持ちをもって
聖地に詣でていただきたいのです。

決して高所から申し上げるわけではなく

一人でも多くの方が
そのような自覚をもって
ご自分自身が聖地を守るというお心をもっていただけたら

きっと
現実の世界もすこしづつ変わってゆくのではないかしらと思うがゆえなのです。


誰もが変化を起こせますし

現実を変えてゆく力があります。

そのお力をどうぞ発揮していただきたいと思います。




posted by 明日処 at 22:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月10日

失われた色をもとめて

18010294_818606158314420_5563780526103116774_n.jpg

こんばんは、深禮です。

この写真はお山の神社の宝物殿の前にある
畠山重忠公の像です。

畠山氏が奉納したと伝わる
赤糸威大鎧(あかいとおどしのおおよろい)
宝物殿にあります。

この鎧は神宝として長く内陣にあったらしく
非常に状態が良い物です。

江戸時代には吉宗がこの鎧を見ることを所望して
神社から江戸城に貸し出した記録も残っています。

そして明治時代には国宝に認定されました。

この鎧の朱の色について
今日20時からBSプレミアム(NHK)で取り上げられると
聞いたので急いでUPしています。

註:途中から見てみたのですが
なんだか出ていなかったかも。。。

勘違いでしょうか。。
すみません。

今日もお山の神社でご奉仕でした。

18342408_818606124981090_7080326168004197893_n.jpg

とても霧が美しかったです。

本当は
神社やお寺への浄財について
お話ししたかったのですが

今日は急いでUPなので
ここでいったんやめておきます。






posted by 明日処 at 20:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月09日

式年大祭にて

DSCN4031.JPG

こんばんは、深禮です。

昨日はお山の神社で12年に一度の
式年大祭が齋行されました。

お天気にも恵まれつつがなく
お祭りが行われました。

DSCN4032.JPG

もともと山伏の峯入りということもあってか
法螺貝を吹いて供奉される山伏の方達がいらっしゃいます。

また
鎧武者の姿で供奉される方々もいらっしゃいます。

DSCN4037.JPG

今年の御神輿は普段は宝物殿に展示されている
青梅市指定文化財の御神輿をつかっています。
(綱吉公の時代のものだそうです)

いつもの倍以上重いのだとか。
12年に一度だけ使われる御神輿です。

DSCN4039.JPG

重そうに階段を上ります。

階段は300段以上あります。

そこまでの道のりも
ずっと昇り坂なので

何時間もかかって神社に到着します。


御社殿の回りを3回御神輿が廻って
それから拝殿にて
祭典が始まります。


神社は一年に3回大祭が行われますが
5月の大祭が最重儀です。

大変ありがたいことに
そのお祭りで
浦安の舞でご奉仕をさせていただく機会を
賜りました。


DSCN4044.JPG

今回は初めて本装束で舞うということで

事前に本装束での舞い方を教えていただいたのですが
それは、、
お祭りの前日と前々日のあわせて3時間程度。

本番に きちんと舞えるだろうか、、と、
今一つ自信がもてなかったのですが
お陰様で無事にご奉仕させていただくことができました。



DSCN4048.JPG

写真は家人が撮ってくれました。

DSCN4047.JPG



DSCN4056.JPG


12年に一度のお祭りにご奉仕をさせていただく、、
ということで
本当に緊張しました。


事前に何度も自主練のスタジオ練習を重ねましたが
なかなかタイミングに納得できず。。


また、扇は檜扇よりも要のところが厚く
重さもあります。

練習では高価なものですから触ることもできず
当日の控え室で握らせていただいて
感覚を覚えました。


何とか無事に終えられていまは本当にほっとしています。


何よりも
この機会を頂いたということがありがたくて

いつもにもまして

宮司さまや
舞の先生をはじめ
神主の皆様方、
そして
励ましてくださるお山の皆様方に
本当に心から感謝しています。


まだまだ未熟な舞で、、、
ほんとうに目指すところの形にはなっておりませんが

これからも精進を重ねて参りたいと思っております。



ありがとうございます。



posted by 明日処 at 20:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

今年の宵宮

18274868_817128968462139_7037573429515135701_n.jpg

こんばんは、深禮です。

昨日、5月7日はお山の神社の宵宮でした。

午後8時から祭典が拝殿にて齋行され
その後御旅所まで
伶人の方達や齋員の方達に続いて
御魂代を棒持された宮司様が続きます。


18402821_817129038462132_760524733260544780_n.jpg

絹垣の中にいらっしゃるのが
宮司さまです。


そして御旅所にてまた祭典を行い終了です。


この宵宮に初めて参列させていただいたので
3年前でしょうか。


とても感動しました。


今年は拝殿での祭典の直前まで
先生に舞のお稽古を見て頂いておりましたので

そのまま白衣白袴で祭典に参列させていただきました。



着替えてから行列の後をついてゆき
御旅所まで。

行く先々で
お山の方々が御魂代をお待ちになって
頭をたれて迎えます。


今日は日の出祭でした。

もともとは2月に日の出とともに齋行されていたとか。

山伏の峯入りのためのお祭りであったとも聞いています。

それが時代の変遷とともに
今の5月8日のお祭りになりました。


このお山はお山自体が聖域というか
霊山です。


お山の気そのもののが
本来神さまだったのではないかと
わたしは思います。


地に臥し
山を駆ける人々の修行の場であったお山です。


時代がかわっても
お山そのものへの信心は変わらないと思いますし

山と里との往還があり
お山の神さまと里の人たちとの間の
講を介してのつながりも
いまだ生き続けています。


これから先も
色々と変わることもあるかもしれませんが
きっと信心は受け継がれてゆく。
そう思った夜でした。


昨日はお宿に帰ったのが夜10時過ぎ
それまでほとんどお食事はしなかったのですが
でも不思議とおなかはほとんどすかなくて。


体中筋肉痛でした。

でも夜なんとか眠れてよかったです。
posted by 明日処 at 19:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

ご縁つながり

2017-04-30-13-13-07_photo.jpg

こんばんは、深禮(みれい)です。

先日佐久奈度神社さまに御参りした後

御参りしたお寺さまは

石山寺でした。


こちら石山寺の開基は良弁という方で
東大寺の別当だったそうです。
聖武天皇の発願によって
聖徳太子の念持仏であった如意輪観音ををこの地に祀ったのが始めだとか。

そもそも聖武天皇は大仏建立のため
大仏の表面に塗る鍍金のために
大量の黄金を必要としていました。

その金を得るために
金峯山で黄金を得られるよう祈ったところ
蔵王権現が夢にあらわれて
この吉野の金峯山の金は使うことはできないが
近江の国の琵琶湖の南の観音菩薩が顕れた地で祈るようにとの
お告げがあって
この地に導かれたそうなのです。



蔵王権現の夢告によって導かれて
このお寺ができた、などというお話は
まったく知りませんで

御参りしてみて初めて知りました。
それだけにびっくりでした。

本堂の内陣には、
役行者さまもお祀りされていましたし
蔵王権現像もありました。


蔵王権現といえば
私がよく御参りするお山の神社でお祀りされていまして
今年12年に一度のご開帳が行われています。


さて、、
入り口付近でそんなご縁起を知った後、
本堂に御参りして
脇侍の不動明王さまの前でずっと座っておりました。

色々お話させていただいるうちに
心が静まってきました。

最後にすこしだけ観音さまとお話をさせていただき
ほんとうに色々なことがわかり
気持ちが楽になりました。

2017-04-30-10-53-28_photo.jpg

さらにお大師様にお参りした時に

人に相対するときどうしたら良いでしょうかと伺ったところ

「真ん中をうて」

と言われました。

うつ、、、といっても
殴りかかるという意味ではありません

イメージとして
打ち振るわせる
うち響かせるというような感じ。


その人の真ん中を射貫くようにして
響かせるということのようでした。



わたしのようなタイプの方は多いと思うのですが
人と話していると
その人が考えていることとか
思っていることとか
たいてい伝わってきます。

口で行っていることと平行して
そういう情報が入ってくると
とても混乱するし
はっきりいって知りたくない感情なども入ってきます。


そういうものが入ってくるのが嫌なので
わたしは人と話すときに
ちょっとしたシャッターをかけてきました。

知りたくないですから。

でも、、
それがいけないみたいで。

かえって
自分の中の恐れが
相手に恐れを生んで
悪循環になる、、とのことでした。



こういうエンバスタイプの方に役に立つかもと思って
ここで書いているのですが
うまく伝わらなかったらごめんなさい。

人のまんなかを打つためには
まず自分が自分の真ん中にいる必要があります。

そうして
真ん中にいて
相手の真ん中に
ほほえむようにすれば
大丈夫です。

何度かやってみて
それでいいという手応えを得ました。



スミからスミまで
完全に自分でいること。
そして
真ん中にいること

それがいいみたいです。

もし同じようなことで
悩んでいる方がいらっしゃいましたら
試してみてください。


そして
お宿へと移動。

こちらに泊まらせていただくのは今回で2回目。

最初に泊まった日の夜
個人的に
ほんとうに落ち込むことがあったので
仕切り直し、、のつもりで
再宿泊。


すると、、
お宿に修験者がホラ貝を吹いている写真のポストカードがあり
オーナーさんに尋ねてみますと
ご自分の写真ではないけれど
ご自身も大峯山で修行されているとのこと。
もちろん金峯山寺にもご縁があるそうです。


またしても
蔵王権現&役行者さま

ということで
そこから互いの修行談義に花が咲きました。

ま、、
わたしのは修行ではないけれど

でもものすごく通ずるものがあって
お話がつきませんでした。


最終的に
私は奄美のユタ神とご縁がありまして、、
とほんのチラっとお話ししたところ、
すぐに、、

後出しで申し訳ないですが
川合さんは
神道
仏教
というより

どちらかといえば
沖縄系ですよね

と言われました。

へぇ、、、そうなんだ。。

と思ったのですが
このことがまた後に続くんですね。


とにかく

この日は
蔵王権現さまに導かれた日だったな、、と
思いました。






posted by 明日処 at 21:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする